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競馬ペンペン草
楡井喜一


 

 

 

 1. はじまり

 私の住んでいる所は「馬正面」と書き、「ばしょうめん」と読みます。馬という字のつくところに住んでいるからといって小さい頃から馬が好きだったわけではありません。実際、大学にはいるまで写真以外見たこともありませんでした。富士吉田の寮で馬術部かなにかの馬をみたのが最初ではないかと思います。しかし、当時全く馬に関心はありませんでした。
 五年生になるころいわゆる悪友たちと大井競馬に誘われるまま出かけたのが競馬のはじまりだったと記憶しています。この頃の大井競馬はナイターでトゥインクルレースと銘打ち、暗いイメージを一新しようと試行錯誤していたようでした。学校帰りに5?6人でくり出し、わいわい騒ぐ方が競馬より楽しい時期でした。馬の名前などまだまだ興味のない頃でしたが、今でも記憶に鮮明に残るのはテツノカチドキとイナリワンの2頭です。イナリワンは後に中央で武豊騎乗で1989暮れのグランプリ有馬記念に優勝していますから御存じの方も多いと思いますが、我々が応援していた大井では条件戦でころっと負けていました。まさかG1を勝つとは想像もしませんでした。
 テツノカチドキは(1984 )4才で東京大賞典を一度勝っていましたが私が応援した当時はもう(1987)7才であまり人気も往年の力もありませんでした。レースが始まると予想外の大逃げ、そんなに飛ばしてもうばてる、そろそろ止まるという皆の期待とは裏腹に見事に逃げきり楽々勝利しました。人気と実力が展開に覆された典型的なレースでした。しかし、当時競馬初心者の私にはそのへんの駆引きはあまりよく解らず、ただただその出し抜けを食らった大どんでん返しが楽しく競馬といえばテツノカチドキと心に刻み込まれたレースでした。そしてこのどんでん返しが「人気と結果は別物」という私の競馬哲学(大袈裟ですみません)の原点と考えています。
 ちなみに学生の勝ち馬投票券の購入は当然禁止されています。

 

 2. 中央デビュー

 御存じの方も多いと思いますが競馬には地方競馬と中央競馬があります。野球の1軍2軍やサッカーのJ1J2とは違い主催者が異なり、前者は地方自治体が、後者は国が主催しています。多少の交流競争はありますが、気軽にいったり来たりというわけにはいかない様です。学生時代に遊びいった大井競馬は地方競馬で、東京を離れてしまうと情報も少なくだんだんと縁遠くなりました。新潟にもどり勤務医時代は今年の有馬記念はどうかな?程度で清い生活をおくっていました。
 中央競馬は、スポーツ新聞も春秋のG1シーズンなどは毎日ページを賑わし、専門週刊誌、月刊誌、テレビのスポーツニュース、はてはグリーンチャンネルといった競馬専門チャンネルまで寝た子を起こすような材料が多々ありましたが、WINS等が近くになく馬券購入のために多くの犠牲を払わなければならず、(オグリキャップが復活勝利した1990有馬記念の日に新潟競馬場まで馬券を買いにでかけた時にはバイパス降り口3つ手前から渋滞、駐車場ははるか遠く、結局まる1日つぶれました。)中央競馬本格デビューには二の足を踏み、スポット参戦にあまんじていました。時はながれ開業、新たな出合いもあり、同好の志も増えました。その中の一人が思いもしない情報をくれました。自宅にいながら中央開催全競馬場の全レースを購入することができるシステムがあり、その彼はすでに所有していてG1くらいなら買ってくれるとのことでした。五年もブランクがあり、情報にも疎くなっていたのでろくに予想もせずに軽い気持ちでお願いしました。サクラキャンドルが優勝した1995エリザベス女王杯、見事な万馬券決着、これでハマりました。追い討ちをかけるように500万下の平場戦で三万馬券適中、もう決まりです。ビギナーズラックのみで、博才有りと勘違いさせるには十分派手な中央デビューです。

 

 しかし解決を急がねばならない問題もありました。馬券購入が毎週毎週土日となればいつまでも人のふんどしでというわけにはいきません。彼と同じ在宅投票システム(PAT)を手に入れる必要がありました。毎日スポーツ新聞をチェックし、ようやくPAT募集広告をみつけ、さらに家族全員分申し込みをしてなんとか抽選を突破しPAT権利を得て富士通ホームマスターを購入、専用ソフトが届くのを首を長くして待ち、約1年掛かりで夢のシステムを手にいれました。(左図)
 これで中央競馬完全デビュー、全レース投票可能、連勝街道まっしぐら!!!

 

 3. 限界

 中央競馬には全国に東京、中山、阪神、京都、中京、新潟、福島、小倉、函館、札幌の10競馬場があります。東日本、西日本で表開催として一場づつ施行され、季節により裏開催としてもう一場開催されます。各競馬場で一日12レースですから、最低でも24レース最大36レース行われます。勘違いの博才も財布を木っ端微塵にする爆才へと早変わり、すぐに人生とは何かを考える機会を与えてくれました。自らの才能の限界を自覚するのは辛いことです。それが本業ではないにしろ、否本業ではないからこそ「才能がない」などとは認めたくないものです。(本業は他につぶしがきかない為、才能がなくとも努力でしがみつくしかない。)とはいえ競馬専用口座の通帳が現実を否応なしに教えてくれます。  そんなとき勤務医時代に無理矢理参加させられた自己啓発セミナーで教えられた成功の条件「成功するまで止めない」を思い出したりして、から元気をだして自分に誓ったりもしました。しかし、このまま何の策もないままビギナーズラックの幻影に惑わされていては人生を棒に振ってしまいます。やはり競馬で勝つ為には競馬を構成するいくつかの要素について学習しなくてはいけないと反省しました。競馬は @馬=サラブレッド A騎手 B厩舎 C生産者 D競馬場 Eレースの特色(賞金体系)など6つの要素で構成されると考えました。この各要素を深く理解すれば百戦危うからず、連勝街道まっしぐらのはずです。

 

 


 4. ものさし

 サラブレッドは血統をさか上れば三大始祖と称される三頭のアラブにたどりつくとされています。三世紀にわたり速く走ることを目的に改良されたサラブレッド、とくに名馬といわれるサラブレッドは例外なく美しい姿をしています。しなやかな首に小さい顔、さらに薄い皮膚、豊かでキレのある腰、狂いのない脚元、まるでスタイル抜群の美人を形容するかのような言葉が、速く走る為に必要な条件といわれています(特に日本の芝の中、長距離の名馬はこの傾向がつよいようです)。「長躯短背」「汗血馬」なども走る馬の古来よりの表現ですが、漢字嫌いの私にはどうもとっつきにくい感じがします。やはり「スタイル抜群の美人のような馬」これが良いような気がします。しかしこんないい加減な考え方では競馬に勝つような相馬眼は身につくはずもありません。ましてわが土地がらか朝から晩までおじいさん、おばあさんとお会いする機会ばかりが多くては、美人も馬も理想形を忘れてしまいます。これでは敵を知り百戦危うからずとはいきません。なんとかサラブレッドの能力を具体的に測る「ものさし」が欲しいと考えるのは自然な流れではないでしょうか? 求めよ!さらば与えられん。抽象的な美の判別が難しいとなれば具体的なもの、数字に活路を求めました。いわゆる時計理論です。レース展開をハロンラップ(200M毎の時計)で判断し、各競馬場の標準時計からレースレベルを判別し、さらに当日、当開催の馬場差を補正し、そこから馬の能力を推し量るというやりかたです。これは非常によい「ものさし」と思われたのですが、やってみると結構時間がかかりすぎたり、リアルタイムのデータが揃わなかったりで、予想のまえに力尽きてしまいました。もっと簡単なものはないかと探し、現在は高橋研氏が考案したレイティングを参考にしています。2週間ごとに更新されますし何より手間いらずです。騎手は岡部、武豊、安勝、ペリエです。横典、後藤、藤田、四位までは人気でも買えるでしょうか?。誰が勝負騎手か、騎手と厩舎の関係は把握しておくべきでしょう。連闘の勝負気配、調教代わりの出走など厩舎の思惑も推察すると下級条件では思わぬ良いこともあります。競馬場は右回り、左回り、直線の長さ、コーナーのきつさ、坂の有無、輸送の問題等を考慮して、さらに目標のレースなのか、次が目標なのかも推察します。そして展開、調教状態もあわせて総合的(自分勝手)に判断し予想します。これで連勝街道まっしぐら!!! とはいかないことがようやく解りました。

 

 

 

 5. 野望

 馬券のスタンスもある程度確立され、それなりの結果を残せるようになり、さらにサラブレッドの事をさらに深く知るようになると「自分の馬を持ってみたい」と思うようになりました。しかしJRA(日本中央競馬会)の馬主資格のハードルは年収二千万以上、資産一億四千万以上と非常に高くしがない田舎の歯科医にはなかなか難しい数字です。まず冷静に考えれば不可能です。それでも諦めきれない私のような競馬フリークのために共同馬主という制度があります。実際には馬主ではないのですが、馬主気分は十分に味わえます。私が会員になっている社台ダイナースサラブレッドクラブでは、一頭を40人で所有します。毎年六月にその年1歳(旧表記2歳)になるの提供馬カタログ(種牡馬の本、提供馬のカタログ、ビデオ、繁殖牝馬の本、各牧場の状況等)がおくられてきます。(1)血統背景 (2)誕生日 (3)顔 体躯のバランス (4)1/40口の値段を考慮して自分の好きなサラブレッドを選んでさらに抽選をとおれば出資決定です。私が出資を考えていた1997年頃、もうすでにサンデーサイレンス旋風が吹き荒れていました。社台ファームにはサンデーサイレンスのはかにノーザンテースト、トニービン、ジェイドロバリーといった種牡馬がキラ星のごとくそろっていました。さらに優秀な繁殖牝馬を積極的にそろえていた為、当時の社台サラブレッドクラブにはジェニュイン、ダンスインザダーク、バブルガムフェローなどのクラッシックホースがいて、自分の選んだサラブレッドも、ダービーを勝ったらどうしようなどといらぬ心配をしていました。しかし実際に選ぶとなるとやはり経済的理由が最優先となり、ダービーを勝つ心配ははるかに遠のきました。クラシックディスタンス2400m前後で活躍する為の配合は人気があり当然値段もその実力以上に高くなりがちです。そこで、あまり人気のない種牡馬とブルードメアサイアーがノザンテーストのまだ結果を残していない繁殖牝馬から出た牡馬(一番子か二番子)を探しました。父 ドクターデヴィアス 母 エレクトロアート いわゆるエレクトロアートの96という牡馬を選びました。選択する時に考えたことを先程の(1)〜(4)にそって書き記したいと思います。

(1)血統背景から
 父のドクターデヴィアスは2歳の速い時期から活躍し1400m〜2400mでG1を勝っているため産駒は早い時期から活躍が期待できること。ノーザンテーストの肌馬に合わせると短距離の快速馬がでる可能性が高いこと。エレクトロアート自身桜花賞に駒をすすめた快速馬だったこと。アホヌーラからドクターデヴィアスへと続くトゥルビヨン系とよれるサイアーラインは日本に所縁のあるパーソロンからメジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンやシンボリルドルフ、トウカイテイオーと同系統で好感がもてること。

(2)誕生日から
 サラブレッドはたいてい2月から5月にかけて産まれます。誕生日から何を考えるわけでもないのですが、早い時期から活躍するためには、早く産まれた馬のほうが有利です。能力の違いで遅生まれでも早くから活躍できる馬もいますがそういうサラブレッドは今回買えるはずもありません。

(3)顔 体躯のバランス
 顔のなかでは鼻と目に注目しました。速く走る為には、大量の酸素を体内に取り込まなければなりません。酸素の取り入れ口は鼻ですから大きい鼻の穴のサラブレッドを選びたいと考えました。目はあまり白めの大きくないもの、利口そうに見えるものを選びたいと思い、体躯のバランスは今回クラシックディスタンスはあきらめ短距離に的を絞ったわけですから、筋肉質で胴の詰まったものが良いと考えていました。牧場見学ツアーもあるのですが行っている時間もないので写真からの判断ですからあてにはなりません。いろいろ講釈をならべてみても所詮は直感勝負です。

(4)1/40口の値段
 (1)〜(3)の要素をある程度みたすもので極力経済的なリスクの少ないものを選びました。

 

 近年の競馬では重賞(グレードレース)は距離別体系が確率されていて、短距離の高額賞金レースもめじろ押しです。エレクトロアート96の購入を決めた時点で明日の短距離王はこれで決まり、スプリンターズステークスG1も手の届くところにありそうだなどと、現実はそんなに甘くないと知りつつも夢はどんどんふくらんでいきました。栗毛の馬体がターフに踊る時を夢見て、デビューの日をゆびおり数え、調教状態に一喜一憂しながら、それらも楽しい馬主気分です。いよいよデビューがまじかに迫った頃エレクトロアートの96の名前がエレクトラムに決まりました。母の名前から高速の電子をイメージした造語ということです。ちょっと安直な気もしますが明日の短距離王に高速のイメージが相応しいと満足しています。
 新短距離王誕生!! その名はエレクトラム !!

 

 

 

 

6. 無事是名馬

 今年の東京優駿もジャングルポケットの優勝で無事幕をおろしました。しかし、大本命と目されていたアグネスタキオンやアグネスゴールドの故障リタイアがなければどんなに盛り上がったか思うと非常に残念でなりません。両騎とも中山の荒れ馬場を走った後、故障したことを考えると単なる偶然とは思えない部分もあります。しかし、優勝したジャングルポケットや2着のダンツフレームはその荒れた中山の馬場をも乗りこえてきたわけでラップ(重馬場で2分27秒0の走破タイム、レコードは良馬場でアイネスフージンの2分25秒3 馬場差4秒  1000m通過58秒4 ダービー史上最高のハイペース、底力の証明上がり2ハロン11秒6、12秒1)からも近年最強のダービー1、2着馬といえるかもしれません。わたしはダンツフレームがお気に入りで来年以降のマイル戦線できっと活躍するのではと期待しています。

 

 

 さて私の自称短距離王エレクトラムのこれまでのイバラの道を少し紹介しましょう。最初の試練はまだ牧場にいるころに与えられました。入厩前に目の上を切り手術、経過も順調とはいえず長引き、我慢の日々が続きました。その後なんとか回復し美浦の稗田厩舎に入厩、友人達は聞いたことのない厩舎と馬鹿にしましたが、入厩出来たことが嬉しく外野の雑音は気になりませんでした。
 そして平成11年2月28日、中山新馬戦に当時売り出し中の後藤騎手でデビュー、結果は6着でしたが次走につながる走りでした。折り返しの新馬戦では勝馬に1/2馬身に迫る2着、過去多くの名馬は新馬戦で結果をだしていました。やはり汝、短距離王の器であったか、エレクトラム!!
 そして期待の3戦目、前走を評価されて一番人気に支持され4コーナーまでは好位4番手で大名マーク。しかし、そのままいいところなしに8着に沈む。もう勝てないのではと不安にさいなまされるも唯一の救いは、ここまではダート戦だということ、血統からも芝の短距離で本領発揮のはずです。そして四戦目いよいよ東京芝 1400m戦に関東トップの蛯名騎手を据えての勝負です。結果は鼻差の優勝、さすが関東トップジョッキー蛯名様様です。写真判定でも鼻差でも勝ちは勝ち、本当に嬉しかったです。その後御褒美の放牧、復帰後成績が上がらず2度目の試練、裂蹄と気性の悪さです。再度放牧と同時に去勢、密かに期待していた種牡馬の夢は露と消えました。再び復帰し、またも鼻差の2勝目をあげ現在にいたっています。幾多の試練を乗りこえ目指していた短距離王とは程遠い位置にいますが裂蹄にも負けず元気に走り続ける愛馬エレクトラムは私にはやはりこれ以上ない名馬です。

 

 今年2年ぶりに新潟競馬場で中央競馬が開催されます。1000mの直線競争ができる芝コースが日本では始めてつくられました。メインスタンドも改装されとても綺麗になりました。エレクトラムがこの直線で短距離王として喝采を浴びることは無さそうですが、もし遠征してくるようであればぜひ応援に駆け付けたいとおもっています。
 まだ終わったわけじゃない!! がんばれエレクトラム!!

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