元日の朝は、隣に住んでいるおばあちゃんもやって来て、みんなでお屠蘇を祝うと言う。
ムサシも俺も大みそかにはお風呂に入れられ――これは俺のほうが上出来でほめられた。
風呂はイサカでもしょっちゅう入っていたから、俺は平気だが、年に一度しか入らないムサシは、泣いたりわめいたり大騒ぎだった――その日はおとなしく控えていた。おばちゃんは努力の結晶、おせち料理をテーブルに並べ、
「いいこと、シータ。これに手を出したら、あなた、おしまいよ」
と、すごんでみせた。

<俺だってそんなことは分かっていらあ>
と、無駄な嫌疑などかけられることがないよう、食堂はドアから覗くだけにした。
おばちゃんは台所で大きな昆布を入れたナベに湯を煮立て、
削り節――俺の夢のごちそうだ――をたっぷり、本当に山のように入れてダシをとっている。
お雑煮とかいうものを作るのだそうだ。

   朝寝坊のみどりも、ちゃんと起きて服もお出掛けみたいにきちんと着替え、おばちゃんを手伝っている。
お餅も焼け、お汁を張ったお椀を食堂へ運ぶと、一家揃って新年のあいさつを交わし――いかにも新しい年の幕開けらしく改まった感じで、なかなかよかった――お屠蘇を酌み交わす。
そして、一同、御馳走に箸をつける。


   そこまで見届けた俺は、さあ、これで無事に済んだ、それでは俺たちも……というリラックスした気分で台所へ戻り、自分のキャットフードをムサシと並んでかじり始めた。

   ところが、たまらなくいい匂いがどこからともなく流れてくる。
鼻をヒクヒク。
ああ、我慢できない、削り節の匂いだ。
床からではよく見えない。
そこで、調理台に登って見渡してみようと思った。

   登ったとたん、夢の削り節の特大袋が、なんと口を開いたまま載っていたではないか。
とっさに、これは俺たちへのお年玉に違いないと思った。
本当に、マジで、それ以外の考えが浮かばなかったのだ。
だから俺は、何のためらいもなくその袋をくわえて床に降りると、
<おい、ムサシ、お年玉もらったよ。分けて食べよう>
と、声をかけた。

   ムサシはぼんやり自分の茶碗から顔を上げ、削り節の袋を見ると、
<ああ、削り節ですか? 僕、とりあえず、この朝ご飯を済ませてからにします>
と、また茶碗に顔を突っ込んだ。
俺は、ムサシが削り節にあまり執着のなかったことを思い出し、それならと、居間に持ち込んで、夢中でクチャクチャ食べ始めた。
袋の半分も食べただろうか、さすがにお腹がいっぱいなり、食べる速度もグッと落ちて、片肘枕で遊びながら食べているところへ、お雑煮のお代わりをつぎに台所へ行く、おばちゃんが通りかかった。

「まあ、シータったら!」
そう言っただけで、おばちゃんは二の句が継げない。
声を聞き付けたみどりが飛んで来た。
「シータス! お前!」
みどりは泣きそうになっている。

   びっくりした俺はひとっ飛び。
暖炉の炉棚に飛び乗った。
しかし、あまりあわてたもので、そこに載っていたモノに激突。
モノはドタンと床に落ちた。
ゴロゴロ。落ちた勢いで何かが転がる。
バキッ。落ちたはずみに、モノの載っていた木の台が割れた。
食堂から出て来たおばあちゃんとおじさんが声をそろえて叫んだ。

「なんて事だ! おそなえを落とすとは!」
「元日早々、縁起の悪い!」

   俺はおじさんに襟首を捕まれそうになり、危機一髪、おじさんの肩を飛び越えて、一目散にみどりの寝室に逃げ込み、ベッドの下に潜った。
息をひそめ、気配を消す。
おじさんはよっぽど怒ったのだろう、みどりの部屋まで追って来た。
息を弾ませている。

「みどり、この猫はだめだな。うちには置けん」
それが最後通牒だった。
俺の初めての日本旅行は、かくして、惨憺たる結果に終わり、追われるようにイサカに戻ったのだった。



   イサカに戻った俺は、ちょっとした有名人いや、有名猫だった。何てったって、日本に行ったことのある奴はそうザラにはいない。
みどりのクラスメートたちが遊びにくるたびに、
「シータス、すごいね、日本へ行ったんだって?」とか、
「シータス、実は僕、まだ国際線に乗ったことがないんだ。お前の方が先だったね」
などと言われると、悪い気はしない。
俺はいかにも偉そうに、髭をピンと立て、フンニャーとか答えるのだった。
初めて飛行機に乗ったときには、もう金輪際、飛行機の旅はしないと誓った俺だったのに、こうみんなにチヤホヤされると、いっぱしの旅行家になった気分で、よし、また行くぞなんて気になるから不思議なものだ。

   みどりは、東京での惨憺たる話を、俺の止めるのも聞かず、ベティーに話してしまったのだが、ベティーはお腹を抱えて涙を流し、笑い転げた。
「すごいすごい、シータス、そこまでやった!」
「うん。パパもママもカンカン。この先、休暇で帰るときが思いやられるわ」
 戻ってから考えてみると、東京での毎日は、退屈といってもなかなか面白かった。
ともかく、遊び友達がいたのだから。

   イサカでは、可能な限り外出には連れて行ってもらえるものの、所詮窮屈なカゴの中だ。
それに、毎日出入りする友達だって、いつも俺に注意を払ってくれるわけではない。

   東京では、とりあえず俺も家族並の扱いは受けていたのだから……。
東京の家の、日の当たる台所や居間でゴロ寝したり、ムサシを追い回したり、窓に飛んでくる鳥を捕まえようとしたりする生活も、悪くはなかった。
でも、いま考えてみると、どうしてあんなにいろいろいたずらをしたのか、自分でもよく分からない。
ムサシへの対抗意識だったのだろうか? 
あんな毒にも薬にもならないオヤジ猫に対抗意識?
それとも、みどりが忙しくてあまり遊んでくれなかったことへの腹いせ?
ともかく、みどりは休暇ごとに日本へ帰るつもりなのだから、一緒に行動したいなら、次から行儀よくするしかない。
できる自信はなかったが、やってみるしかないだろう。


   イサカは、1年の半分を占める冬の真っ最中だった。
ある日、みどりとベティーは、とんでもないことをしでかした。
空気がキーンと音を発しているように感じられるほど寒いある朝、二人は窓を開けると――二人の住んでいるのは5階だ――ヤカンに沸かした熱湯を、表の通りめがけてぶちまけたのだ。

<あっ、危ない。なんてことするんだ、火傷しちゃうじゃないか!>
   俺は思わず叫び、窓の縁に飛び乗った。
二人とも気が狂ったのかと思ったのだ。
何しろ、おふくろの一件以来、俺は熱湯というものがひどく苦手になっていたから。
ところが、なんと熱湯は、下に落ちることなく、そのまま雪のように結晶して、ハラハラと散っていったではないか。
俺はあんまり感激したもので、危うく窓から落ちそうになったのを、みどりに抱きとめられた。
「危ないっ、シータス。お馬鹿さん」

   それにしてもきれいなものだった。
特に夜、暗い中でそれをやると、結晶した雪が街路灯に照らされてキラキラ落ちて行く様子は、無数の星屑のようで、宇宙の空間を漂っているような気持ちにさせてくれた。
しかし、これはよくよく寒い地方でないと実現できないのだそうだ。
二人はよほどそれが気に入ったらしく、友達がくるたびに繰り返しては、びっくりさせて楽しんでいた。


   やがて、枯れたように見えていた樹の枝に、かすかな生命の証しがよみがえり、鉛筆の先ほどの芽が姿を現すころになると、魔女の呪いを解かれでもしたように、凍りついていた滝が流れだし、雪の下からは、愛らしいスノードロップやクロッカスが顔を覗かせる。
冬眠していたリスも、子供を連れて窓辺まで登って来て餌をねだる。

   俺も、なんとなく浮き浮きと、落ち着かない気分の毎日となり、どこでもいいから出掛けたくなった。
身体に力がみなぎって、じっとしていられないのだ。
まだまだコートなしでは歩けないくらい風が冷たいのに、外の空気が吸いたくてたまらなくなる。
そんなとき、みどりは俺にハーネスをつけて、犬のように――これがちょっと嫌なのだが――散歩に連れて行ってくれるようになった。
最初は、1歩ごとに肩に擦れるハーネスが気になってなかなか歩けなかった。
だが慣れると、抱かれたりカゴに入れられたりして出掛けるより、直接自然と触れ合える散歩の方が数段好きになった。

   授業から戻ったみどりは必ず俺を連れ出し、キャンパスの中にある、薬学部のハーブ園や、敷地の境界になっている小川に沿った、カスカデラ・クリークを歩かせてくれるのだ。
でも、俺がリスを追いかけようとすると、
「だめだめ、リスは狂犬病を持っていることが多いから、絶対触っちゃいけないのよ」
と、触らせてくれなかった。
to be continued

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