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  デジタルカメラの進歩

 

図3 小型デジカメの傑作として評価の高いCoolpix950だが口腔内撮影用にはならなかった

 

 1995年になるとデジタル・ビデオカメラが登場し、画質の向上やダビングによる劣化がなくなります。動画だけでなく35~41万画素の静止画を記録できる機種もあり、デッキも使わずAV端子でテレビにつなぐだけで、患者説明用には申し分ない画像が映し出せます。親指カメラの歯科応用は5年ももたず完全に終わりました。
 静止画のデジカメも1997に年はメガピクセルと呼ばれる100万画素クラスが続々登場して、第2世代に入りました。その後も画素数は急ピッチで向上し、1999年には300万画素に横並びという所まできました。ただここで問題なのは、CCDの性能が上がり画質が向上したことは確かなのですが、カメラ本体の方は生まれたままのポケットカメラだということです。
 記念写真など一般的な撮影には十分使えますし、撮ったらすぐ見られるという魅力は絶大です。何とか無理算段をすれば患者説明用には使えます。しかし症例記録としての口腔内撮影に使えるかということになると答えはNOです。スライドの場合でも、コンパクトカメラに接写装置をつけて使うような装置もありました。しかしそれではきちんとしたスライドがコンスタントに撮れないので、メディカル・ニッコールのように大きく高価な特殊レンズと、一眼レフが世界中で使い続けられてきたのです。今後デジタルカメラがどんなに進歩しても、小型デジカメで口腔内撮影がOKという日はきません。

 

    なぜ小型デジカメでは口腔内撮影ができないか

 


93年当時のデジタルカメラ

 

 


 

 写真がきれいにとれるかどうかは、まずピントと露出できまります。昔はこの二つをマスターすることが容易ではありませんでした。ピント合わせるには距離計が、露出を決めるのには露出計が使われるようになって、経験と勘頼りだったところからは脱出しました。次にはそれらの機構がカメラに内蔵され、自動化されるようになって、始めての人でもシャッターボタンを押せば、きれいな写真が撮れるようになりました。どちらかというと自働露出の方が先行し、ピント合わせの自動化は後になりましたが、今では自働化されていないカメラは、マニアのためのクラシックカメラだけになりました。自動化はさらに進み、ファインダーの中で撮影する人が見たものにピントが合う視線入力や、カメラブレを防止するレンズも珍しくなくなりつつあります。
 問題はこうした多彩な機能を盛り込めばカメラは大型化したり複雑になったりします。ポケットカメラを下敷きにしたデジカメは低価格という宿命を背負って、徹底的に自動専用化された設計です。カメラレンズに不可欠だったはずの絞りも距離目盛りも小型デジカメにはありません。カメラが全部決めるのだから目盛りは不要という考え方です。マニュアルでも使えるという中級機でも、いちいちメニューを呼び出さなければ数字は出てきません。口腔内撮影には35ミリに換算し100ミリぐらいのレンズが必要ですズームレンズ付きの機種でないと具合が悪いのですが、この表示もないものが大半です。
 これまでわれわれは撮りたい範囲を距離目盛りで決め(撮影倍率)それに応じた露出で撮影してきました。自動露出が使えれば、レンズの距離目盛りを合わせファインダーでピントが合った時シャッターボタンを押せばよいのです。100ミリのマクロレンズの場合、最短距離にすれば必ず実物大の画像がフィルムに写ったのです。ところがこれだけのことが、小型デジカメでは大変です。まずズームを合わせることから始まって、距離を合わせるためにメニューを探し回らなければなりません。レンズは距離目盛りがないだけでなくフリー回転で、ストップする所がないからです。オートフォーカスを使えばいいじゃないかと思われるでしょう。しかし上顎では口蓋趨壁にピントが合って歯はぼけてしまいます。おまけにオートフォーカスはノロマですからフォーカスロックもままならず、諦めかけた頃にシャッターが切れます。別な表現をすれば、小型デジカメを設計する人が考えてもいない使い方をわれわれは続けてきたのです。

 

 

  デジタル一眼レフの登場

 

図4 ようやく登場した
本格的デジタル一眼レフ

 

 

 デジカメが第2世代にはいってから2年、99年9月になって本格的一眼レフがデジタルカメラに仲間入りしました。ニコンD1の誕生です。これ以前にもデジタル一眼レフはありました。しかし何百万という価格だったり、水中カメラほどの重量だったり、性能的に小型デジカメに追い越されていたりで、実際にはないと同じで状態でした。フィルムの一眼レフと同じ基本性能をもったデジタルカメラ待ち望んでいたものにとっては、65万という定価はそれほど法外とは感じられませんでした。カメラとしての性能だけでなくその仕上がりも、これまで使用してきたどのカメラよりも上だったからです。強いて不満を上げるならこれほどの高級機でなくても良いから、もう少し軽くコンパクトならば!というくらいでした。
 その後2000年末までの1年余の間に2機種のデジタル一眼レフが市販されました。フジS1Pro、キャノンD30です。2001年にはニコンD1はD1X、D1Hの2機種に分化しました。他にも登場間近いものが控えていますが、それでも銀塩一眼レフと較べれば選択の幅は限られています。TTLリングストロボもキャノン専用しかありません。

 

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